くまんち

なんてことない、日々のこと

トンボ

少し前の話になるんだけれど、ちょっと不思議なことがあった。

 

台風が九州に近づいていた9月6日、近くの公園の脇道にトンボが群れになって飛んでいた。周りに田んぼもあるような田舎なのでとんぼは珍しくないんだけれど、とにかく数が多い。

幼稚園からの帰り道、それを見つけた息子は「わ!トンボ!捕まえる!!」と飛んで帰り、虫取り網を持って公園まで走って戻った。昼間の住宅地なので車の通りは住んでいる人か宅配便くらい…とはいえ、道路で遊ぶというのも心配だったので「車が来るから公園でね」とトンボの群れにウズウズしている息子の手を引き公園に入った。

妙なことに、公園にはトンボがいなかった。いた!と思うとスイ〜、と脇道の群れに合流してしまう。網をふっても、掻い潜るようにしてその脇道へ。群れはあっちへこっちへと飛んでいるようで、よく見てみると移動していない。ほんの5メートルくらいを行き来している。

「お母さん!道路じゃダメ!?」

息子が焦れたように言うのもわからないでもない。ほんの目と鼻の先なのに、公園にはいないトンボがあんなにたくさんいるのだ。

「車が来たらすぐに避けようね!」と約束し、トンボが群れなすその道に行ってみた。

トンボは私たちを避けながら、スイ、スイ〜と飛んでいるが逃げようとしない。

息子がエイ!エイ!!とデタラメに網を振ると驚くほどあっさりととれた。

 

「お母さん!ぼく、トンボとれた!!」

初めてだったので記念写真をパチリ。すぐに逃がしてやる。

そしてまた網を振る。この夏、セミとりに明け暮れたとはいえ、我が家の虫取り少年はへっぽこだ。狙いをつけるというよりも、長物使いさながらかっこいいポーズでデタラメに網を振っているだけ。なのに、短い時間に3匹もとれてしまった。

飽きたのか、汗っかきかき疲れたのか「おやつと牛乳!」と一度家に帰り「またトンボ!」と改めて公園に向かうとトンボは一匹もいなくなっていた。

それから今日まで、この日のような群れに出くわしていない。

ほんの1時間ほどの出来事だった。

 

これは虫博士でもなんでもないおばさんの予想だけど、あのトンボたちは産卵に来ていたではないかと思う。

その脇道は今は道路だけど、下には水が流れている。私たちの家は元々畑だったところを住宅地にしたもので、畑の脇には近くの川から周りの田んぼに水をひくために小さな川があったはずなのだ。心配性な私たちは家を買う前に土地に変な因縁があったら嫌だと郷土資料で周辺の古地図を確認したから間違いない。

その小川が道路の下になって、もう何年も経っているはずだけど、帰巣本能というか鮭の母川回帰みたいなものがあの日働いていたんじゃないかという気がする(別に満月だの新月だの特別な日ではなかったけれど)

ほんの数メートル離れたところに田んぼがあるから産卵ならそちらの方がいいはずなんだけど…

 

トンボに帰巣本能のようなものがあるのか、本当のところはわからないから「不思議だな〜」としか言えないのだけど、近くに広い田んぼもその田んぼの傍に小川もあるというのに、彼らが見えない小川を求めて彷徨っていたかと思うと少し切ない。

 

そのうち新しい産卵場所に上書きされて伝わるのだろうか。

キミたち、ここで産まれたわけじゃないだろうに…

いや、まったく関係のない別の理由なのかもしれないけどね。

 

虫取り少年と一緒でなければ気づかなかったかもしれない、ちょっと不思議な出来事だった。