情けは人の為ならず
やむを得ず、混む時間帯に電車に乗ることになった。
ベビーカーを諦め、息子を抱っこ紐で抱えて電車に乗ると案の定、座席はいっぱい。
まぁ、どうせ10分も乗らない。
娘に手すりをしっかり握らせ、息子が人様にぶつからないよう気をつけて立つ。
向かいの席の人がスッと立ち上がり、隣の車両へ行ってしまった。娘に目配せすると小首を振った。
そうね、反対側に歩いてまで…ね。他にも座りたい人もいるだろうし。
電車が動き出した。
「それでね、みんなでそれぞれ家を作ったの」
娘は最近、友達の家で『マインクラフト』にハマったらしい。昔からレゴとか好きだもんね。
「どんな家ができた?」
「えーよくわかんないから土で作ったよ。土の壁に、砂の床で、屋根は空だよ」
「なにそれ、かわいそう…」
電車が止まった。あと3駅。
「あの、ここに座って」
声を掛けてくれたのは、おばあさん。遠慮しようとする私を遮り、にっこり微笑んで
「お嬢ちゃんもあっちに座りなさい。危ないから、ね?」とさっさと立ってしまった。
「すぐ降りますので、どうぞお構いなく…」
「ダメ、ダメ!若いからって腰に悪いことをしたら、年取る前に寝たきりになるんですってよ!」とやや強引に座らされてしまった。
困っていると、隣に座っていた大学生?が
「僕、次に降りるんで」と立ち上がり行ってしまった。
申し訳ないことをしてしまったと思いつつ、おばあさんに隣に座ってもらう。
「ありがとうございました」
「…さっきの話なんだけどね」
「え?」
「テレビでやってたのよ。その人、40代なのに腰を傷めて寝たきりになったんですって!40代よ?若いでしょ?それも怪我とか病気とかそういうのじゃないの」
「え?病気でもないんですか?」
「原因はわからないらしいんだけど、産後ずっと子供を負ぶって家事してたんですって。四六時中。もう、それしか思い当たることがないって言うの」
「あぁ…」
「年寄りならいいのよ。年寄りだから。でも40代って、もう、気の毒で……」
あぁ、なんていい人。
「それで、あなたを見たら “立たせてちゃダメだ!”って思って。やっぱりね、無理させちゃダメなのよ」
「ありがとうございます」
それ以上に言葉が続かない、なんかもう…神様か仏様か。
その後、腰痛防止の正しい重心の取り方講座が始まった。
「テレビでやってたんだけどね、まず背伸びをして…」
走行中の電車で立ち上がり、レクチャーしてくれるのだが、心配で気が気でない。
オロオロしながら相槌をうっている私をオロオロしながら見ている娘。
我に返り、少し恥ずかしそうに
「若いからって無理しちゃダメよ」と電車を降りるおばあさんはかっこよかった。
ははぁ〜と平伏してしまいそうなほどかっこよかった。
親切を躊躇なく振舞える人はかっこいい。
世界は勇気ある“お節介”に救われている。
お節介、いいよ。いいんだよ。
迷ったら、やってみて、後悔しようと思う。